1ヶ月  余震続く

春雷
今年初めての雷
地震発生から1ヶ月
夕方からずっと大きな余震が続いている

昨日、ようやっと宮城の従姉妹と電話で話しができた。
なかなかかけるタイミングがなくて、1ヶ月たってしまった。

従姉妹の住むまちは海岸部が津波で壊滅的な状態だが、
幸い従姉妹のところは大きな被害を免れた。
とはいっても、母屋の土壁の一部が壊れ、茶箪笥はひっくりかえり、
一般家庭に存在するものとしては超重量級と思われる
グランドピアノも動いたとか。
従姉妹のお友達の家のグランドピアノにいたっては
足が折れてしまったそうだ。
従姉妹夫婦の寝室の箪笥も倒れてしまい、
夜間の地震発生だったら下敷きになって
自分たちも死んでいたかもしれないと話していた。

電気が復旧するまで5日ぐらいかかり、
テレビが見られるようになって
初めて津波の被害状況がわかったという。
ご主人のお友達で海岸部に住んでいた人の中には、
お子さんだけが生き残った家もあるそうだ・・・。
海に近い距離に住んでいた従姉妹の友人は、
逃げようとしたとき、波とともに
人が流されてくるのをみたという。

従姉妹一家は全員無事だったが、
土木関係の仕事をしているご主人は
震災後復旧のために働きづめになってしまい、
すっかり痩せてしまったそうだ。
従姉妹の子供たちは、津波被害に遭った家屋の片付けの
ボランティアをしているとか。

従姉妹は自分の町の被災状況を自分の目で確かめようと
ある日、自転車で海岸地帯に向かって走ってみた。
海に近づくにつれ、だんだんとかわっていく風景。
夢を見ているようだと思い、涙が出てきた、と話していた。

テレビの画面で見るのと、
実際に現地を自分の目でみるのでは
あたりまえだがまったく違う。
酷すぎて逆に現実感がなくなる。
私も阪神大震災のとき同じような体験をしている。
比較的被害が少ないようだった尼崎市から川ひとつ越えて
西宮市に入った瞬間を今でも覚えている。
「何これ ここは本当に同じ日本なの?」と思った。
1階が潰れて本来2階の屋根部分にかかっていたはずの看板が
地面についていた商店、
電信柱によりかかって斜めになっている民家、
5~6階だての真ん中付近が崩れたデパート・・・
カーキ色の自衛隊車両が並ぶ光景
公園に建てられた仮設住宅
道路の慢性的な渋滞
埃っぽい空気
復旧工事の音、音、音
辛抱強く代替バスの順番を待って並ぶ人々
駅前でみた「観光客はくるな」と書かれた手書きの張り紙

みんなが普通の生活に戻れるまで、
いったいどれくらいの年月が必要なのだろう

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック