震災 ~3月11日~

この日は15時から委員会があるので、それまでの時間に
自分に処方してもらった薬を受け取りにいこうと
薬剤部に近いエレベーターに乗ったのが14時40分過ぎごろ。
ちょうと人間ドックでみえている方と乗り合わせ、
口頭で案内をしていたところ、揺れだした。
最初は「地震みたいですね」と言葉をかける程度の軽い揺れだったのが、
なかなか止まらず、どんどん揺れが強くなってくる。
そのままエレベーターに乗っていこうとしたその方に
降りていただいてそのまま待機する。
揺れがおさまってから、階段で人間ドック棟にご案内してから、
自分の病棟に戻る途中、ストレッチャーに乗った患者さんに遭遇。
検査で降りてきたのが、エレベーターの停止で戻れず。
変わった様子はなかったので、ついていた看護助手さんに
酸素ボンベの残量が少なくなったら病棟ナースに連絡するよう
声をかけて自分の病棟に戻った。

病棟では患者さんの無事を確認し、みんな口々に怖かった、
こんなの初めてだね、と。
テレビで震源を確かめ、東北地方と知り宮城県在住の母方の親類は
無事だろうかと思った。
これで終わりかと思ったらまた揺れだす。
おさまったところで委員会の時間だったので
とりあえず、会議室へ。
2人ほど委員のナースが来ていたが、肝心の委員長の師長の所在がわからず。
とりあえず自分のセクションに戻って待機しようということになり、
ほかの師長にその旨声をかけて病棟に戻った。
その後も余震は続き、委員会は中止で年度末の反省を文書で提出
ということになる。

最初それほどではないと思っていたのが、テレビのニュースで
被害状況が刻々と伝えられ、家族に連絡をとったナースが自宅の
物がいろいろ落ちたりとか大変なことになっているらしいと。
準夜勤務で出勤したナースが、家の仏壇が倒れたと被害状況を話し、
ちょうどこの日退職したナースの送別会を行う予定だったのが、
どうもそれどころではないから中止しようということになる。
あいにく幹事がみんな休みで電話やメールで連絡を試みる。
そのうち心配した幹事の2人とナースマンO君が病棟にやってきた。
送別会が中止ということになり、手分けしてその日休みの
出席予定のスタッフに電話で連絡をいれる。
どうしてもつながらないスタッフにはメールで連絡。
肝心の送別会をやるお店に電話がつながらず、
そのお店の人と友人のスタッフがメールで連絡をいれてみる。

自分の携帯にアメリカ在住の友人から安否確認のメールがはいる。
日本にいる息子さんからの連絡で地震があったのを知ったらしい。

その間も余震は続く。エレベーターは停止したまま。
とりあえず検査・手術で他階に移動している患者さんが
いなくてよかったと話していると、急患の入院の連絡。
エレベーターの復旧を待って外来で待機するとのこと。
携帯で親に電話をかけてみるがつながらない。
気が向いたら市内のスーパーに行くと言っていたのを思い出し、
そこで被害にあってはいないだろうかと心配になる。
面会に来た患者さんの家族が、市内のディスカウント店のガラスが
割れ落ちた、と話していたと伝え聞きますます不安に。
いざとなったら様子をみにいってもらおうと、同じ市内に住む父方の
従姉妹にメールをいれてみる。

そうこうしているうちに宮城県の津波の映像がテレビに映し出された。
そこは宮城の従姉妹の嫁ぎ先のまちだった。
宮城はここ数年地震が続いたが、おばが骨折したのを除き、
大きな被害を受けていなかったので今回もなんとなく大丈夫だろうと
思っていたのに、いっきに不安がつのる。
平日の15時ごろだったので、従姉妹の子供や夫はそれぞれ
学校や仕事にいっていただろうし、みんな離れ離れになっているのでは
ないだろうか、最悪津波に巻き込まれていないだろうか・・・

相変わらずうちの両親には連絡が取れず。
エレベーターは復旧せず、外来待機の急患を階段で運ぼうと
いうことになる。
他病棟の手伝いに行き戻ってきたたナースマンO君
(休みなのにえらい!)を含め10人近くで患者さんを
布にくるんで3階の病棟まで運びあげる。
エレベーターが使えない以外は目立った被害がなかったので
日勤者は院内待機の指示はでなかった。
が、夕食の時間が近づいても配膳用のエレベーターが使えず。
人力で運ぶことになり、みんな早く帰りたいだろうけど
日勤者は配膳までは残って、と師長さんからのお達し。

その間に病棟の公衆電話から家にやっと連絡がとれる。
なんのことはない、2階の電話の子機が墜落していたせいで
つながらなかっただけだった。
あんたが散らかしているからなかなか子機がみつからなかったと
お小言をいただく。
折り返し従姉妹に親と連絡がついたとメールを入れる。

通常より早い時間に夕食の配膳。
事務職員も総出で地階の栄養課から食事を運びあげる。
階段にならんで手渡しリレーし、紙シーツをしいておいたストレッチャーに
お膳をいったん載せ、そこからそれぞれのベッドサイドに配る。

休憩室のテレビで津波の映像が繰り返し流れる・・・
どんどん心配になる。落ち着かない。
死んじゃってるかもしれない、と思わず涙がでそうになる。
仕事が終わらないほかのスタッフには申しわけなかったけど、
一足早く帰宅。

父に宮城の従姉妹のところは最悪の場合もありえると話す。
駄目もとで固定電話から従姉妹の嫁ぎ先と伯母の家に電話してみるが
あたりまえだがつながらず。
携帯の番号もメルアドもわからないので、
被害がまだ少なそうに思える伯母宅宛に固定電話から
災害伝言ダイアルを登録してみた。

我が家は目だった被害はなし。
父が家を目視した範囲ではひび割れ等の異常はないようだと。
かなり揺れはしたが、1階は物の落下等なし。
2階は軽量なものが落下したり場所が置き場所から
ずれたりしていたけど、破損はなし。
陶磁器類も無傷で安心する。

ずっとテレビで被害状況を確かめる。
以前一緒に働いていた人に東北出身・在住の方が多いので
それぞれみんな無事だろうかと思いをめぐらせる。
グーグルの地図で従姉妹の家の位置を確認すると
海岸線からは10キロ程度のところらしい。
同じ市内に住む母方の従兄弟に宮城と連絡がとれないことと、
千葉県在住の従姉妹一家の安否確認のメールをいれる。
千葉は無事、津波は1,5キロあたりまでだったようだと返答あり。
なんとか難を逃れたか。

深夜までテレビでニュースを見続ける。
布団にもぐりこんでからも、ポータブルテレビでニュースをかけたままでいる。
目が醒めると午前3時過ぎ。丁度死者の名前が流れている。
とりあえずその中に親戚・知人の名前がないことを確認する。
その後は長野でも地震が起こり、余震が続きそのまま眠れず・・・。

こんな状況でも携帯・PCとも迷惑メールが届き続ける。
心無い人間はいつどこにでもいるものだ。

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